2025.11.05

  • コラム

【代表インタビュー】“終わり”を超えて、“人生をデザインする”会社へ。祖父の背中と喪主に近い体験から生まれたLDTの挑戦──AgeTechで3年で中核企業に、10年で社会インフラへ──

  “終わり”を超えて、“人生をデザインする”会社へ。 祖父の背中と喪主に近い体験から生まれたLDTの挑戦──AgeTechで3年で中核企業に、10年で社会インフラへ──LDT代表白石インタビュー  

人生の分岐点で、迷わせない。 LDT(Life Design Technology)は、医療・介護・相続・葬祭を横断し、「人生の選択を支えるインフラ」をつくる会社です。

喪主に近い体験と現場起点の事業づくりから磨かれた白石の経営観。LDT独自の知財戦略「AgeTechパテントアンブレラ™」による産業設計。――3年で日本のAgeTech中枢へ、10年で社会インフラへ。わくわくする挑戦の全貌を語ります。

0→1を楽しみ、現場に誠実に向き合い、意思決定と実行を自分の手で進めたい方を歓迎します。特にマーケティング/プロダクトのリードを募集中。90日で「課題定義→仮説実行」まで踏み出せる裁量と伴走を用意しました。

未来の当たり前を、一緒につくりませんか。ぜひ読んでください。

   

「人のために」を事業に──祖父の背中と21歳の喪主に近い体験が育てた経営観

Q.幼少期〜学生時代の思い出や原体験を聞かせてください。今の経営にどう影響していますか。   私は幼い頃から、人との関わりやものづくりに強い興味を持っていました。特に大きな影響を受けたのは祖父の存在です。 曽祖父が石垣の職人で愛媛の松山城の石垣の修繕工事に携わっていました祖父が家業を発展させ、バブルの時代に土木建築の会社を営んでいました。国道や県道の工事に携わるなど非常に面倒見の良い人でした。子どもながらに「人に感謝される生き方ってかっこいいな」と感じていました。 この「人の役に立つことを喜びに変える」という祖父の姿勢が、今の経営の根底にあります。 私はビジネスを「お金を生む装置」ではなく、「社会の課題を解決するための仕組み」として捉えていますが、その価値観のルーツは間違いなく祖父です。 学生時代は、部活やアルバイトを通じてチームで動くことの難しさと面白さを学びました。特に、相手を理解して行動を合わせること、人の立場を想像して考えることの重要性を実感しました。 そして21歳のとき、人生を大きく変える出来事が訪れます。父と祖父を、1年のうちに相次いで亡くしたのです。父はくも膜下出血、祖父は脳梗塞でした。 突然の別れの中で、私はほぼ喪主に近い立場として葬儀を経験しました。悲しみと混乱の中で初めて、医療のあり方、そして葬儀という文化の奥深さに直面しました。 「人の死」は避けられない出来事なのに、当事者になると何もわからない。情報も整っていない。感情と制度の間で、多くの人が迷い、苦しんでいる――その現実に強い問題意識を持ったのです。 この経験が、のちにLDTを立ち上げる「原点」になりました。 祖父が教えてくれた“人のために生きる姿勢”と、父と祖父の死を通じて感じた“社会構造の課題”。 この2つが私の人生の軸になり、「人生を支えるインフラをつくる」という現在の挑戦につながっています。  
   

“意思決定を支える情報設計”と“技術の現場実装”──2社の創業・売却で得た学びがLDTの土台に

Q.リベラルマーケティングやドローンパイロット派遣会社を立ち上げた理由と、そこで得た学びは?いまのLDTにどう活きていますか。   大学を中退した後、私は「自分の力で事業をつくる」ことを早くから志していました。 最初に立ち上げたのが、ブランド品・ジュエリーなどの買取専門店・古着屋などの事業でした。 次に友人と立ち上げたのがWebマーケティングの会社「リベラルマーケティング」です。 きっかけはシンプルで、「正しい情報が届けば救われる人がもっといる」と思ったからです。 特に終活・相続・葬儀など、社会的には重要なのに“人が調べにくい領域”に光を当てたいという思いがありました。 この事業では、SEOや広告運用といったテクニカルな手法を超えて、「人の意思決定を支援するマーケティング」の本質を学びました。 情報設計の仕方ひとつで、人の選択や安心感が変わる。その経験は、今のLDTのプロダクト設計にも深く影響しています。 次に取り組んだのが、ドローンパイロット派遣・ソリューション開発の事業です。 当時、ドローンはまだ黎明期でしたが、「テクノロジーで現場の非効率を変えられる」ことに大きな可能性を感じていました。 建設や農業などの現場で、空から可視化することで事故を防ぎ、作業を効率化できる。 この事業では、「技術を社会課題の現場に実装する力」を徹底的に磨きました。 結果的に、これら2つの会社はどちらも一定の成果を上げ、M&A(バイアウト)を経験しました。 経営者としての出口戦略、チームマネジメント、事業価値の最大化などを学んだ貴重な期間でした。 しかし、2度のバイアウトを経て感じたのは、「もっと大きなスケールで社会を変えたい」という渇きでした。 そのとき、私は改めて社会を俯瞰し、統計データを徹底的にリサーチしました。 人口動態、就労人口、高齢者人口、死亡者数――数字を追えば追うほど、「これから日本で最も必要とされるのは“人生の終わりを支える産業”だ」と確信しました。 そして思ったのです。 「この領域なら、自分の原体験とビジネスの知見、どちらも活かせる。誰よりも情熱を持ってやれる」と。 ここから、LDTの構想が動き出しました。    

“終わり”から“設計”へ──AgeTechで『自分の人生を自分でデザインできる社会』をつくるLDT

Q.LDT(旧ライフエンディングテクノロジーズ)を立ち上げたきっかけは?   LDTを立ち上げた直接のきっかけは、まさにその“データと原体験の交差点”にありました。 統計が示す社会の未来と、自分が経験した現実の痛み。 この2つがぴたりと重なった瞬間、「この領域を変えるのは自分の役割だ」と思ったんです。 大学生のとき、父と祖父を相次いで亡くした経験は、私にとって人生の分岐点でした。 葬儀という文化の奥深さに魅了される一方で、医療・介護・葬祭が縦割りに分断され、人々が“自分の人生をデザインできない構造”に強い違和感を覚えました。 「どうすれば、人生の最期をもっと穏やかに、納得して迎えられる社会になるのか」 ――その問いが、LDTという会社の原点です。 2019年に「ライフエンディングテクノロジーズ」として創業し、のちに「Life Design Technology(LDT)」へ社名を変更しました。 “人生を終える”から“人生を設計する”へ。 私たちが目指しているのは、「自分の人生を自分でデザインできる社会」です。 「AgeTech」は単なる高齢者支援ではなく、医療・介護・相続・葬儀といった領域を横断し、人が“どう生き、どう逝くか”を支える社会基盤。 LDTはその中心を担う“Life Infrastructure Company”を目指しています。 私にとってこの挑戦は、単なるビジネスではなく、父と祖父が残してくれた宿題への答えでもあります。 二人が教えてくれた「命の尊さ」と「人のつながり」を、テクノロジーと仕組みの力で未来へつなぐ。 それが、LDTをつくった理由であり、私の人生をかけた使命です。    

“人生を終える”から“人生をデザインする”へ──『LDT(Life Design Technology)』に込めた意味と変革の意図

Q.「LDT=Life Design Technology」という社名はどう決めましたか。旧社名からの変更意図・込めた意味・狙った変化は?   創業当初は「ライフエンディングテクノロジーズ」という名前で、主に葬儀・相続・終活といった領域にフォーカスしていました。 けれど、事業を進めていく中で気づいたのは、「人生の終わり」だけを扱うのではなく、“人生そのものをどう生きるか”を支える技術に進化しているということでした。 介護・医療・福祉・在宅支援・相続など、すべては一人の人の「生き方」とつながっています。 そうした全体像を見据えたとき、より包括的で前向きな言葉に変えたいと思い、「Life Design Technology」と名付けました。 「人生を終える」から「人生をデザインする」へ。 それが私たちの事業の変化であり、社会への約束でもあります。 また、LDTという略称には、「シンプルに、誰もが覚えやすい会社にしたい」という思いも込めました。 “テクノロジーで人生をデザインする”という理念を体現し、どの世代にも愛される企業を目指しています。

信頼ゼロからの突破──現場主義と誠実な対話で誤解をほどき、初の大手協業が転機に

Q. 創業当時のいちばんの苦労は?どう乗り越え、転機になった出来事は?   創業期はいわば、信頼ゼロからのスタートでした。 誰もこの領域でテクノロジーを本気で使っていなかった頃です。 資金も人脈も限られる中で、業界構造を理解し、現場に入り込み、信頼を積み重ねることが何より大変でした。 特に、最初のパートナー企業を得るまでの道のりは長かった。 「葬儀×IT」「介護×データ」と言っても、当初は“感情を扱う業界にテクノロジーは冷たすぎる”と誤解されることも多かったんです。 それでも、誠実に現場に足を運び、デモを見せ、対話を重ねる中で、少しずつ理解してくれる人が増えていきました。 転機は、初めて大手葬儀社との協業が決まった瞬間。 「LDTの仕組みで現場が変わった」と言われたとき、涙が出るほど嬉しかったのを覚えています。 そこから業界内で評判・信頼が広がり、サービスが連鎖的に採用されていきました。 創業期を支えてくれた仲間は、みんな“ゼロイチの修羅場”をくぐり抜けた人たちです。 当時、徹夜でプロダクトを作り直したり、リリース前日に不具合を見つけて全員で修正したり。 あの頃の“何があっても諦めない空気”が、今のLDTの文化の原型になっています。    

『現場が変わった』から『LDTがないと困る』へ──知財と新規サービスで業界インフラ化の手応え

Q.その後の成長フェーズで「手応えが変わった」瞬間があれば教えてください。   最初の大きな手応えは、現場から「変わった」と言われた瞬間です。 LDTの仕組みを導入した葬儀社の方々から、「作業時間が短縮された」「顧客満足度が上がった」と声をもらったとき、単なるサービスではなく“業界のインフラ”になり得ると感じました。 次に、「AgeTech パテントアンブレラ™」という知財戦略(※)を構築したとき。 単発の事業から「守れる仕組み」「広げられる構造」に進化できたことが、会社としてのターニングポイントでした。 「技術で社会を変える」ことを経営戦略として打ち出せたのは、この時期です。 そして最近では、ケアシフトやマッチドライブといった新規サービスが立ち上がり、 葬祭から介護まで一気通貫の支援ができるようになってきました。 市場やユーザーから「LDTがないと困る」と言われるようになったとき、 本当に社会に根を張り始めた手応えを感じました。  

※AgeTech パテントアンブレラ™について

AgeTechは、高齢社会の課題をテクノロジーで解決する取り組みの総称です。当社の「AgeTechパテントアンブレラ」は、AgeTech領域の現場起点の個別技術・要素を複数の特許に再構成し、当社の「マッチドライブ」(スキマバイト対応人材マッチングシステムを自社ブランドで簡単構築できるサービス)や「ケアシフト」(介護・看護向けスキマバイトサービス)を守る仕組みです。  
   

倫理と信頼を最優先に──『現場・誠実・挑戦』で意思決定と採用を貫く

Q.企業文化・バリューはどう決め、日々の意思決定や採用・評価にどう落とし込んでいますか。経営者として「ここだけは譲れない」信念・価値観は何ですか。   LDTのバリューは、創業初期の体験から自然に生まれたものです。 「現場から考える」「人に誠実である」「挑戦を止めない」。 この3つは、どんなに事業が拡大しても変えないと決めています。 私が経営で最も大事にしているのは、“倫理性と責任感”です。 扱っているのは「人の人生」そのもの。 だからこそ、短期的な利益よりも、“信頼”を最優先にしています。 採用や評価でも同じです。 スキルよりも、「自分ごととして社会課題に向き合えるか」を重視します。 受け身ではなく、自ら考え、行動し、挑戦できる人。 そういう人が集まると、組織は自然に強くなります。 「人に誠実であること」「手を動かすこと」「長期で信頼を積むこと」。 これが、経営者として譲れない信念です。    

現場を愛し、泥臭く誠実に──スキルより『人柄』と『覚悟』でミッションに挑む仲間を

Q.LDTをもっと強くするため、一緒に働きたい人はどんな人ですか?逆に合いづらいタイプとその理由は? 採用でスキルよりも大事にしているもの(人柄・マインド等)があれば教えてください。   LDTで一緒に働きたいのは、「現場を愛せる人」です。 机上で考えるよりも、実際に人と会い、課題を感じ取り、手を動かすことが好きな人。 そして、「この領域を本気で良くしたい」と心から思える人です。 一方で、指示待ちの人や、短期的な成果だけを求める人は、合わないかもしれません。 AgeTechは時間のかかる領域です。泥臭くても、誠実に進める姿勢が必要です。 採用では、スキルよりも「人柄」と「覚悟」を見ます。 社会に対してどんな視点を持っているか どんなときに心が動くか 何を大切に働きたいか これらを通して、その人が“LDTというミッションに共鳴できるか”を見極めています。 組織の文化は、スキルではなく「人の想い」で形づくられると思っています。    

90日で『課題定義→仮説実行』──裁量と伴走で成長を加速、採用強化はマーケティングとプロダクトのリーダー

Q. いま特に採用したい役割と、入社後90日で期待するゴールは?社員にどんな成長や変化を経験してほしいですか。どんな裁量・支援・環境を提供しますか。   現在特に採用を強化しているのは、マーケティングとプロダクト開発のリーダー層です。 ユーザーや事業者と向き合いながら、戦略を自分の手で描いて実行できる人を求めています。 入社後90日で期待するのは、「自分の言葉で課題を定義し、改善の仮説を動かしている状態」です。 大事なのは、“自分の頭で考え、自分の手で動き始めているかどうか”。 LDTでは、裁量と責任がセットです。 意思決定の自由度が高く、挑戦の幅も広いですが、そのぶん自分の判断で道を切り拓くことが求められます。 一方で、1on1やメンタリング、チームレビューなど、支援体制は厚く整えています。 心理的安全性が高く、意見を出しやすい環境をつくることを心がけています。 社員には、「0→1を生み出す喜び」と「社会を変える実感」を味わってほしい。 それがこの会社で働く最大の価値だと思います。  
   

3年でAgeTechの中枢、10年で社会インフラへ──AgeTechパテントアンブレラ™で“人生の選択”を支える基盤をつくる

Q. 今後のLDTの展望は?3年の地図と、10年後に「LDTが変えた」と言えることは?今いちばんワクワクしている挑戦は何ですか。   3年後には、AgeTech領域で日本を代表するプラットフォーム企業になることを目指しています。 具体的には、ケア・医療・相続・葬祭といった分野を横断的につなぎ、 個人も事業者も“迷わず最適な選択ができる社会基盤”を実現したい。 そして10年後には、「LDTが社会インフラを変えた」と言える存在にしたいです。 今の電気・水道・通信のように、**“人生の選択を支えるインフラ”**として当たり前に機能する。 それが私たちの最終目標です。 今、私が一番ワクワクしているのは、AgeTechパテントアンブレラ™を核にした産業構造の再設計です。 知財を盾にしながらも、業界全体が成長できるエコシステムを作る。 これが実現できれば、日本発の社会課題解決モデルとして世界にも展開できると思っています。 最期の瞬間まで「自分らしく生きられる社会」を、技術と情熱でつくっていく。 それが、私の人生をかけた挑戦です。